広川峯啓の“笑いま専科”

広川峯啓の“笑いま専科”

2月 5日

ピース又吉に感性を揺さぶられよ!

着実な活躍が実を結んで、昨年ブレイクを果たしたコンビ・ピース。まったく個性の違う2人のコントラストが、笑いの相乗効果を生み出しているのでは。

そのピースの暗い方(失礼!)こと又吉直樹が、『去年ルノアールで』で知られる文筆家・せきしろとの共著で『まさかジープで来るとは』を昨年末に出版しました。お笑い芸人が小説を出しても、それほど珍しくはなくなった昨今ですが、これはなんと句集。

しかも2009年の『カキフライが無いなら来なかった』に続く第二句集というから、単なる企画物じゃないことは明らかです。俳句と言えば五七五ですが、ここに載っているのは、その形式を離れた自由律というスタイル。一見すると、ただのつぶやきなんですが、じっくり読むと味わいが出てくる「スルメ」見たいな句が集められてます。

一読して笑えるものから、何度か読み返すうちにグッとくる句まで、それぞれバラエティに富んでるんですよ。その中で、個人的に好みの句を挙げると

「雑な起こされ方で一日を棒にふる」
「合法だが非道」
「寸分の狂い無く思い出せる横顔」

などなど。最後の句なんて、めっちゃイマジネーション膨らんできませんか? 読む人によって脳内スクリーンに描かれる映像が、微妙に違ってくるところが、優れた句ならではの特徴のような気がします。

先日、この句集の発売を記念して、サイン&握手会が新宿の書店で開催されました。200名限定だったものの、会場には大勢の女性ファンがつめかけていました。次回は、この模様を詳しくレポートしたいと思います。
1月 28日

矢口真里監督、劇団ひとり脚本作品の全貌を見た!!

映画でもTVドラマでも、基本的には撮影するカメラは1台、カメラマンは1人です。そこから発展して、複数のカメラを同時に使う手法も発達しましたが、その限界にまで挑んだのが、例の「100人カメラマン」でしょう。

例の、と言ってもご存じない方のために説明しますと、劇団ひとり(番組内での名称はハルク)と矢口真里が出演するバラエティ『How to モンキーベイビー!』(MX)の人気企画でして。せっかく高性能カメラを買ったのに動画機能を使いこなせていない「高性能カメラ持てあまし隊」を募集し、大勢でお芝居を一気に撮影してしまうというもの。

第3弾となった「さらば! ものいり刑事」は、過去最多の100人カメラマン体制で、40分ノンストップの撮影を決行した超意欲作。ひとり脚本・撮影、矢口監督・編集に加え、両人とも重要な役で出演するというハードワーク。その一部始終が収録されたDVD『100人カメラマン』が、1月26日にリリースされました。

同日には、HMV池袋店で「トークショー&握手会」が開催され、大勢のファンが詰め掛けました。今回は特にマスコミ取材の時間は設定されてなかったんですが、興味津々でつい潜入(?)してきちゃいました。

番組のカメラが入ってたこともあり、全力のハルクファッションで登場した劇団ひとり。そして、やぐっちゃん目当ての大勢のファンに笑顔をふりまく矢口真里。2人の人気に比べて、番組知名度がいまひとつなのをギャラリーから確認して、両人とも苦笑してました。

予定のゲストはこの2名だったものの、驚くことに「さらば! ものいり刑事」のメインキャスト3名、矢口監督とともに編集を担当した菅野一人氏。そして、この作品には出演していないものの、前作で脇役ながら圧倒的な存在感を発揮していた“ペンキ屋”氏が、トークショーの途中から続々と登場!! わざわざ皆さん自腹でDVDを購入し、握手してもらう気マンマンでした(笑)。

矢口、ひとりはもちろん、参加した人たちの心をわし掴みにしてしまう魅力を、この作品が持っているのかもしれませんね。一見、バラエティならではの面白企画のようですが、手法的にも実は画期的かつ実用的で、映像業界に革命を起こすパワーを秘めているような気もします。そんな「100人カメラマン」要注目です。
1月 26日

萩本欽一のコント原理主義(その4)

ラジオの『欽ちゃんのドンといってみよう!』を発展させた形でスタートさせた『欽ちゃんのドンとやってみよう!』(ややこしや~)。素人を起用した新鮮さが、作りこんだコントのドリフに対抗したというのが、当時の見方でした。

今でこそ、全盛期の思い出や手法を、テレビや著作で頻繁に語っている欽ちゃんですが、裏番組とし烈に戦っていた時期には、これらが肉声で語られることは殆んどありませんでした。広報から発表されるものは、彼自身の声だったのか? 今となっては疑問が残ります。

「萩本欽一はなぜ(笑いの)素人を起用し続けたのか?」という謎に対して、筆者は一つの仮説を持っています。ただ、当人にこれをぶつけたとして「そのとおりです」とうなづいてくれるかどうかは判りませんが…。

要するに、大勢の素人とカメラの前でお喋りすることで、欽ちゃんは自らのトークスキルを磨きたかったんじゃないでしょうか。それまで55号のコントでは、一方的に突っ込むばかりで、二郎さんが突っ込み返す場面はほとんどありませんでしたから。

しかし、単独で番組を持つについては、様々なゲストとトークを繰り広げるコーナーが付き物。そこで楽しい会話ができるための修行が、わざわざ当人がロケに出かけての「素人いじり」だったように思えてなりません。

『欽ドン』が一応の成功を見た後、フジテレビは放送曜日と時間を変え『良い子悪い子普通の子』で再び勝負に出ます。前番組同様ハガキコントが中心ですが、そこには大きな違いがありました。前回はオチの台詞のみ読んでいた欽ちゃんが、今回はフリの台詞へと役どころを変えたのです。

オチは中原理恵やイモ欽トリオの面々に任せ、ハガキを読み終わった後もやり取りを加えることで、若い彼らをさらに面白くイジったのです。そこまでできるようになるには、欽ちゃん自身、周囲に見せない努力があったに違いありません。

この番組に先んじて、同枠で半年間放送されたのが『欽ちゃんの9時テレビ』。これはオールロケで欽ちゃんが日本各地の人々とふれあうという企画で、視聴率的にはいま一つでした。しかし、新たな『欽ドン』に向けて、トークスキルを向上させてきた萩本欽一が、『9時テレビ』で最終調整を掛けたと見ることも可能では。

ご存知のように、第二次の『欽ドン』は大成功を収め、この手法は『欽どこ』『週刊欽曜日』など他局の看板番組にも取り入れられ、たちまち視聴率100%伝説が巻き起こったのでした。リハーサルでは若手中心の出演者を徹底的に鍛え上げたという裏話が残っていますが、周囲に厳しくした以上に、自分自身にも容赦しなかった(しかも見えない所で)のが、萩本欽一という不世出のコント人だったのです。

ということで、集中的に続けさせてきた「日本コント史」は、今回の番外編を加えたところで、ひとまずお休みさせていただきます。次回からは、最新のお笑い情報満載のコラムをお届けしていく予定です。乞うご期待!!
プロフィール

hirokawa takaaki

「週刊テレビガイド」「TV Bros.」等の編集者として、客観的な目で見ることのできる立場からテレビと接する。 平成10年 フリーのライターとして独立。依然としてテレビ関係の記事、コラムを中心に活動。数年がかりの仕事として、日本テレビ50年史(非売品)の記事、コラムを共同執筆する。ミーハーさとマニアックさを合わせ持った目線で、ありとあらゆるバラエティを紹介していきます。

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