昭和40年代に入って、突如巻き起こったトリオコントのブーム。そこには、あるテレビ番組の大きな影響がありました。その名は「大正テレビ寄席」。それまでの演芸番組とは一線を画していたのは、徹底的にスピード感を求め、今で言う「手数の多いネタ」を重視したことでしょう。

45分間(当初は30分)の中で、司会・牧伸二のウクレレ漫談に始まり、演芸ネタ3本+レギュラーコーナー2本を詰め込んだ、非常にボリュームたっぷりのバラエティ。そのため、ネタの時間は1本につき約7~8分。今の感覚だと普通でも、当時としては相当に短い尺と見られ、かしまし娘などいつものテーマソングを毎回はしょってた程でした。

そのスピード感を表わすのに最適だったのが、トリオのコント。立ちっぱなしの漫才や落語(この番組に限り、噺家も立って高座を勤めました)と違い、舞台を広く使うコントは、演芸ファン以外のテレビ視聴者にも人気を呼びました。

いち早く日劇ミュージックホールで売れっ子になったトリオ・ザ・パンチをのぞき、ほとんどのトリオがこの「大正テレビ寄席」をきっかけにブレイクしました。今と違い、各局でコンスタントに演芸番組を放送してのに、専らここから人気芸人が次々誕生したのには、2つの大きな要素がありました。

一つは番組の収録場所が渋谷の一等地だったこと。そのため、若者を中心に、都会的なセンス(って、最近使わない言葉ですが)持った層が、観客として集まりました。もう一つは、入場料をしっかり取ったこと。無料の観客なら、ディレクターの指示で笑ったり拍手したりを強制されますが、この番組では、本当に面白い芸でなければ爆笑は生まれませんでした。

例え無名の芸人でも大受けするスペース。当たり前のように見えて、作り出すことはなかなか容易じゃなさそうです。ルミネ吉本は、この2条件を満たしているように見えるけれど、どうなんでしょうか。(と、いつものように脱線気味ですが、後編で見事に軌道修正する、予定です)