前編でもお伝えしたように、コント55号に関してはさまざまな書籍、映像等が残されています。欽ちゃん、二郎さんは知ってても55号は知らないという方は、まずそちらをチェックしていただくと、いろいろな発見があるかもしれません。
そういった資料によって、後々明らかになったのが、55号のデビュー作であるコント「机」は、もともと役割が反対だったということ。しかし、もともとは萩本欽一ひとりで演じるネタとして考案されたことも知られており、ということは変えたというより、結局役柄を元に戻したことになります。
そんな謎を秘めたネタ「机」ですが、その後のコントの構成とは相当違っていました。このネタのみ、お互いに笑いを仕掛け合うことで成立しています。結果として、ここでは坂上二郎のギャグセンスが存分に発揮されました。
その後のコントでは、すべて萩本欽一主導で二郎さんは全面的に受身に回ります。そのため、欽ちゃんの鋭いツッコミに対して、本気でうろたえる二郎さん、という評判が日本全国に駆け巡りました。
しかし、舞台に上がって毎回毎回本気でうろたえることってできるんでしょうか? それを完璧に「演じた」のが坂上二郎という人だったのです。しかも、笑いを仕掛ける力を十二分に持ちながら、きっぱり封印して。
コント55号という存在は、「突っ込みとボケ」ではなく「突っ込みとうろたえ」によって、爆笑を生み出すコントのユニットでした。熱狂的な人気を獲得した後、あまりのレギュラー番組の多さで、その大半が作家の台本によるネタになり、本来の魅力は半減。山のような出演番組がのきなみ打ち切りになったのも分かる気がします。
その後、野球拳などを経て、人気が一段落し、73年にスタートした番組「なんでそうなるの?」は、30分の中に数本のコントを詰め込んだシンプルながらも本格的なバラエティ。途中に休止期間を挟みながらも76年まで続きました。
毎回、浅草松竹演芸場に観客を入れて収録が行われました。この場所こそが、2人のデビュー作「机」を演じた舞台であることは、おそらく偶然ではないでしょう。原点に立ち返るという意味が込められていた筈です。
ネタ作りこそ、大勢の作家が担当しましたが、すべて両人の魅力を十分理解した設定で、舞台に出た2人はそこに各々のアドリブをたっぷり盛り込み、満場の観客を爆笑させました。後期コント55号としてもっとも成熟した時期といえるでしょう。
以降の2人の活躍は、皆さんご存知のとおり。欽ちゃんは、この後も日本コント史に深くかかわっていきます。
そういった資料によって、後々明らかになったのが、55号のデビュー作であるコント「机」は、もともと役割が反対だったということ。しかし、もともとは萩本欽一ひとりで演じるネタとして考案されたことも知られており、ということは変えたというより、結局役柄を元に戻したことになります。
そんな謎を秘めたネタ「机」ですが、その後のコントの構成とは相当違っていました。このネタのみ、お互いに笑いを仕掛け合うことで成立しています。結果として、ここでは坂上二郎のギャグセンスが存分に発揮されました。
その後のコントでは、すべて萩本欽一主導で二郎さんは全面的に受身に回ります。そのため、欽ちゃんの鋭いツッコミに対して、本気でうろたえる二郎さん、という評判が日本全国に駆け巡りました。
しかし、舞台に上がって毎回毎回本気でうろたえることってできるんでしょうか? それを完璧に「演じた」のが坂上二郎という人だったのです。しかも、笑いを仕掛ける力を十二分に持ちながら、きっぱり封印して。
コント55号という存在は、「突っ込みとボケ」ではなく「突っ込みとうろたえ」によって、爆笑を生み出すコントのユニットでした。熱狂的な人気を獲得した後、あまりのレギュラー番組の多さで、その大半が作家の台本によるネタになり、本来の魅力は半減。山のような出演番組がのきなみ打ち切りになったのも分かる気がします。
その後、野球拳などを経て、人気が一段落し、73年にスタートした番組「なんでそうなるの?」は、30分の中に数本のコントを詰め込んだシンプルながらも本格的なバラエティ。途中に休止期間を挟みながらも76年まで続きました。
毎回、浅草松竹演芸場に観客を入れて収録が行われました。この場所こそが、2人のデビュー作「机」を演じた舞台であることは、おそらく偶然ではないでしょう。原点に立ち返るという意味が込められていた筈です。
ネタ作りこそ、大勢の作家が担当しましたが、すべて両人の魅力を十分理解した設定で、舞台に出た2人はそこに各々のアドリブをたっぷり盛り込み、満場の観客を爆笑させました。後期コント55号としてもっとも成熟した時期といえるでしょう。
以降の2人の活躍は、皆さんご存知のとおり。欽ちゃんは、この後も日本コント史に深くかかわっていきます。

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